「誕生~Sounds of Birth~」誕生エピソード②

Episode② ~ひと粒のいのち~

個人的に明確な目的と意図をもって

エッセンシャルサウンドを生み出す、ということは、

通常ではまずないことだったので、

ある意味とても新鮮で、初めての試みでした。

身体全身にありありと残っている「凪」の体感。

それを、ひとつひとつ丁寧に感じながら、音に紡いでいく。

いつもよりも、ずっと、ずっと、ずっと、、、、

深い呼吸・・・。

私自身が、一番心地よく、深く深く安心できる、呼吸。

その深い呼吸で音を編むように、紡ぐ。

6月9日。

無事、音が私を通して、生みだされました。

繰り返し繰り返し、その音を身体になじませるようにして聴き、

いつしか深い眠りにおちていきました。

* * *

翌6月10日の朝。

目覚めると、たとえようのない心細さが全身を包んでいました。

最早、恐怖といってもよいほどのその感覚は、

もう少し丁寧に感じると、

まるで、一糸まとわずむき出しで生まれたての丸裸の、

まだ皮膚も出来たばかりでやわらかく、

ちょっとでも何かが触れたら傷がついてしまうほどの薄い薄い膜の、

あまりに小さな小さな一粒の「私」でした。

ああ、「私」といういのちは、なんとこんなにも小さな一粒なのか・・・。

だけれども、そんな状態でいたら、

とてもこの世界で人として生きていくのは大変だ。。

実際、普段ならまったく反応などしないような、

ほんのちょっとしたささいなことで、ふるふると震えて涙が止まらなくて、

それは悲しいとか嬉しいとかいう感情とは違う、

ひとつひとつの刺激、作用に対しての反応を、

ひとつ残らず知覚してふるえてしまう、という状態で、

とても日常業務を営むことなどできやしないのでした。

その状態の中、私は、一気に後悔と疑問が湧いてきました。

私はもしかしたら、とんでもない音を生みだしてしまったのではないだろうか?

日常生活をすこやかに過ごすための深い安寧の「凪」の音を生みだしたつもりが、

実はその真逆で、もしかしたら、

こんなにも人を不安にさせ、日常生活に支障をきたすような

何の役にも立たない音を、生みだしてしまったのではないだろうか?

だとしたら私は一体、何をやっているのか!?

たちまち天地がぐるぐるとまわり出し、

なかば茫然としながら、用事のため家を出ていきました。

* * *

いまだふるふる震えながら電車に乗って座席に座り、

ネットでとある石の写真を見たとたん、

スーーーッと冷静な自分が戻ってきました。

そしてふと、生まれたばかりのあの音を聴きたくなり、

ヘッドホンで聴き始めると、

今度はまったく違う感覚がやってきました。

深い深い凪の海の底にいるような静寂の音と、

電車の走る音、人のざわめき、アナウンスの声、

それらが混然一体となって融け合い、

それはまさに地上天国・・・!

えもいわれぬ至福が全身を満たしていったのです・・・!

そして改めて思ったのでした。

小さな小さな一粒の私たちは、みな、この世界の一部として、

こんなにも融け合って生きているのだと。

そんな当たり前のいのちの理(ことわり)を、

まるで細胞のひと粒ひと粒単位で、かみしめるように、

その音とともに感じていました。

さあ、この音を、この世界に顕そう。

改めてその想いを、胸に抱くのでした。

次回記事につづく。

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